モーツァルト特集(1)


モーツァルト年譜(詳細)

モーツァルト (Wolfgang Amadeus Mozart) (1756-1791)
【年譜(詳細版)】

0~9歳

  1. 1756年(0歳):
    • 1月27日午後8時 ザルツブルクに生まれる。
      • 父、レオポルト・・・ザルツブルク大司教宮廷楽団のヴァイオリニスト
      • 母、アンナ・マリアペルトゥル
      • 姉、ナンネル・・・5歳年上
  2. 1757年(1歳):
  3. 1758年(2歳):
  4. 1759年(3歳):
  5. 1760年(4歳):
    • 父にクラヴィーアを習い始める。
  6. 1761年(5歳):
  7. 1762年(6歳):
    • 父、姉と共にミュンヘンへ初めての旅行をし、姉弟でバイエルン選帝候に演奏を披露する。その後、一家でウィーン旅行し、シェーンブルン宮殿において皇帝フランツ一世とマリア・テレジアのもとで御前演奏し、評価を得る。
  8. 1763年(7歳):
    • 父レオポルトが宮廷楽団の副楽長に就任する。6月に一家で西方旅行に出発し、ミュンヘン、アウグスブルク、ドイツ諸都市、ブリュッセルを経て、11月にパリ到着。
  9. 1764年(8歳):
    • パリで、『クラヴィーアとヴァイオリンのための2曲のソナタ(K.6,7)』を出版した後の 4月、ロンドンに到着する。クリスティアン・バッハと親しく接する。 7月、レオポルトが重い病となる。
  10. 1765年(9歳):
    • 1月中頃、『クラヴィーアとヴァイオリンのための6つのソナタ(K10-15)』を出版、2月には最初の交響曲が作曲される。7月24日、ロンドンを発ち、9月10日にデン・ハーグに到着。同地で姉弟は重病に陥る。

10~19歳|モーツァルト 年譜

  1. 1766年(10歳):
    • アムステルダムに滞在。5月から7月にかけてパリ再訪した後、リヨン、ジュネーヴ、ドイツ各地を経て、11月、ザルツブルクに帰郷する。
  2. 1767年(11歳):
    • 9月、一家で2回目のウィーン旅行にでるが、姉弟は相次いで天然痘を発病し、危篤となる。幸い、適切な治療を受け、大事には至らない。
  3. 1768年 (12歳):
    • ウィーンで最初のオペラ『ラ・フィンタ・センプリチェ』を作曲する。
  4. 1769年(13歳):
    • 1月、ザルツブルクに帰る。10月、無給の宮廷楽師長に任命される。 12月、父と2人で第1回イタリア旅行に出発する。
  5. 1770年(14歳):
    • ヴェローナに滞在。アカデーミア・フィラルモニカで演奏会。1月にミラノに着き、フィルミアン伯爵の庇護を受ける。3月、ボローニャへ。名高いマルティーニ神父に対位法の指導を受ける。フィレンツェを経て、4月、ローマ到着。教皇クレメンス14世から黄金の軍騎士勲章を授与される。再びボローニャからミラノへ。旅行中に作曲したオペラ『ポントの王ミトリダーテ』をミラノで初演、大成功をおさめる。
  6. 1771年(15歳):
    • 2月にミラノを発ち、ヴェネツィア、インスブルックを経て、3月、ザルツブルクに帰郷。8月、親子2人で第2回イタリア旅行へ。ミラノで祝典劇『アルバのアスカーニョ』を初演。12月、ザルツブルク帰郷。12月16日、大司教シュラッテンバッハ死去。
  7. 1772年(16歳):
    • 新しい大司教ヒエロニムス・フォン・コロレド伯爵が就任する。 8月、ザルツブルク宮廷で有給の宮廷楽師長となる。10月、父とともに第3回イタリア旅行に出発。ミラノで、『ルーチョ・シッラ』上演。
  8. 1773年(17歳):
    • ミラノのフェルディナント大公、フィレンツェのトスカーナ大公レオポルトの宮廷への就職運動はいずれも失敗におわる。3月、ザルツブルク帰郷。7月、父と共に第3回ウィーン旅行へ出発。8月、女帝マリア・テレジアに拝謁した後、 9月にはザルツブルク帰郷する。その後、『交響曲ト短調(K.183,第25番)』『最初のクラヴィーア協奏曲(K.175)ニ長調』、などを作曲する。
  9. 1774年(18歳):
    • 4月に、『交響曲イ長調(K.201/186a)』を完成する。12月、父と2人でミュンヘンへ。
  10. 1775年(19歳):
    • 1月、『偽りの女庭師』を初演、成功をおさめる。3月、ザルツブルク帰郷。以後、2年半を故郷で過ごす。

20~29歳|モーツァルト 年譜

  1. 1776年(20歳):
    • ザルツブルクにて作曲、演奏活動に専念する。
  2. 1777年(21歳):
    • 8月、宮廷音楽家辞職願を提出。9月、母とともにマンハイム〜パリ旅行へ。『パリ・ソナタ』を作曲。ミュンヘンに立寄り、バイエルン選帝候に就職活動をするが、失敗におわる。10月、アウグスブルク着、従妹のマリア・アンナ・テークラ(愛称ベーズレ)に会う。
  3. 1778年(22歳):
    • マンハイム宮廷楽団のバス歌手の娘であるアロイジア・ウエーバーに恋をする。2月、アロイジアの件で父に叱責され、パリ行きを命じられる。3月、パリ到着。6月、『パリ交響曲(K.297)』を初演。 7月、母アンナ・マリア病死。9月、パリを出発、マンハイム〜ミュンヘンを経て帰途につく。12月、アロイジアに失恋。
  4. 1779年(23歳):
    • 1月、従妹ベーズレとともにザルツブルク帰郷。宮廷オルガニストに復職。 以後、約1年11ヶ月を故郷で過ごす。3月、『戴冠式ミサ(K.317)』を完成。
  5. 1780年(24歳):
    • 3月、『ミサ曲ハ長調(K.337)』を完成。 11月、単身ミュンヘンへ。
  6. 1781年(25歳):
    • 1月、ミュンヘン宮廷劇場で『イドメネオ』を初演。3月、ミュンヘンからウィーンへ行く。5月、ウェーバー家が住んでいた住居に引っ越す。ウィーン定住を決意
  7. 1782年(26歳):
    • 7月、ブルク劇場で『後宮からの誘拐(K.384)』を初演。8月、聖シュテファン大聖堂でコンスタンツェと結婚。父の了解は得られず。
  8. 1783年(27歳):
    • 6月、長男ライムント・レオポルトが誕生するが、8月死去。7月、妻コンスタンツェと共にザルツブルクに帰郷。11月、リンツで、『リンツ交響曲(K.425)』を初演。12月、ウィーンに帰る。
  9. 1784年(28歳):
    • 自ら主催した予約演奏会など、作曲・演奏にわたってさかんに活動する。8月、姉ナンネル結婚。9月、次男カール・トーマス誕生。12月、フリーメイソンに入団
  10. 1785年(29歳):
    • 1月と3月にハイドンを自宅に招き『ハイドン四重奏曲(6曲)』を演奏し捧げる。2〜4月、父レオポルト、ウィーン訪問。

30~35歳|モーツァルト 年譜

  1. 1786年 (30歳):
    • ヨーゼフ2世の依頼により『劇場支配人』を作曲。2月、シェーンブルン宮殿のオランジュリーで初演。『2曲のクラヴィーア協奏曲(K.488,491) 』を完成。5月、ブルク劇場で『フィガロの結婚(K.492)』を初演。10月、三男ヨハン・トーマス・レオポルトが誕生したが、一ヶ月後に死去
  2. 1787年(31歳):
    • 1月、コンスタンツェと友人を伴ってプラハへ出発。2月、ウィーン帰着。5月、父レオポルト死去。 8月、『アイネ・クライネ・ナハトムジーク(K.525)』を完成。 10月、プラハにおいて『ドン・ジョヴァンニ(K.527)』を初演。12月、宮廷作曲家に任命される。 12月27日、長女テレジア・コンスタンツィア誕生(翌6月に死去)。
  3. 1788年(32歳):
    • 2月、『クラヴィーア協奏曲"戴冠式(K.537)』を完成。5月、ブルク劇場で、『ドン・ジョヴァンニ』のウィーン初演。6月末〜8月、『3大交響曲(K.543、K.550、K.551)』を完成。
  4. 1789年(33歳):
    • 4月、カール・リヒノフスキー侯爵と北ドイツ旅行に出発。5月、ベルリン到着。プロイセン王妃のもとで御前演奏。6月、ウィーンに帰る。7月、経済状態が悪化し、友人プーフブルクに援助を申し込む。8月、コンスタンツェが病気になり、療養のためバーデンに赴く。11月、次女アンナ・マリアが誕生するが生後まもなく死去
  5. 1790年(34歳):
    • 1月、ブルク劇場で『コシ・ファン・トュッテ(K.588)』を初演。1〜8月にかけてプーフブルク宛に借金申し込みの手紙を書く(計9通)。2月、皇帝ヨーゼフ2世死去。9月、義兄ノホーファーらとともにフランクフルトへ旅行。10月、レオポルト2世の戴冠式がフランクフルトで行われ、同地で演奏会を開催する。その後ウィーンへ帰る。12月、ロンドン旅行を翌日に控えたハイドンと夕食を共にする。
  6. 1791年(35歳):
    • 1月、『最後のクラヴィーア協奏曲(K.595)』を完成。
    • 5月、聖シュテファン大聖堂の副楽長(無給)に任命される。
    • 6月、コンスタンツェが療養のためバーデンに滞在し、モーツァルトも度々同地を訪れる。プーフブルクに借金の申し込み。
    • 7月、4男フランツ・クサヴァー・ヴォルフガング誕生。
    • 9月、プラハにおいて『皇帝テイトの慈悲(K.621)』を初演、不評におわる。ウィーンへ戻り、9月30日、『魔笛(K.620)』を初演、成功をおさめる。
    • 10月、『レクイエム(K.626)』に本格的にとりくむ。
    • 11月、病床につく。『レクイエム』の作曲を続けるが、完成せず。
    • 12月5日、午前0時33分、 モーツアルト死去(享年35)
      • 聖マルクス墓地に埋葬される。

【参考文献】

  • 「作曲家 人と作品シリーズ “モーツァルト”」、西川尚生(著),音楽之友社
  • 「モーツァルト考」、池内 紀(著), 講談社学術文庫 

モーツァルト
(Wolfgang Amadeus Mozart)
(1756-1791)
【年譜(シンプル版)】

  • 1756年:1月27日午後8時 ザルツブルクに生まれる。
  • 1769年:無給の宮廷楽師長となる。
  • 1772年:ザルツブルク宮廷楽師長(有給)となる。
  • 1775年:1月、『偽りの女庭師』を初演、成功。
  • 1777年:マンハイム〜パリ旅行へ。”ベーズレ”に会う。
  • 1778年:母、アンナ・マリア病死。
  • 1781年:『イドメネオ』を初演。
  • 1782年:『後宮からの誘拐』を初演。コンスタンツェと結婚。
  • 1786年:『劇場支配人』『フィガロの結婚』を初演。
  • 1787年:父レオポルト死去。『ドン・ジョヴァンニ』を初演。
  • 1790年:『コシ・ファン・トュッテ』を初演。
  • 1791年:『皇帝テイトの慈悲』を初演、不評におわる。『魔笛』を初演、成功。『レクイエム』未完のまま、12月5日、死去(享年35)
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モーツァルトの音楽を《聴く》効果

モーツァルトの音楽は、高音域の周波数帯を多く含んでいることで世界的に注目されています。この高周波音は、交感神経が優位になりすぎて自律神経のバランスを崩しがちな現代の日常において、交感神経にブレーキをかける副交感神経の作用を促し、心身を安らぎの状態へと導いてくれます。なので、モーツァルトの音楽は、体の緊張をほぐし感覚を安定させたり、ストレスを減らし感受性を豊かにするなど、我々の心とからだの健康に大きく貢献してくれるのです。もっと読む