無言歌の慰め

 

2月にしては異様に暖かい春のような週末だった。

レッスンを終え、ホッと気が抜けたのか、夜になって体調を崩し、寝込んでしまった。

じっと横になって起き上がることもできず、ただ辛さに耐えながら、心が不安でいっぱいになっていた。

あふれそうな不安を鎮めるため、"音楽が聴きたい…"と思った。

 

”メンデルスゾーンの無言歌集”

 

やさしく語りかけるようなメロディが流れてきた。素朴で飾らない、けれど優しく慰められる。”大丈夫だよ…”と頰を撫でられるような感覚… 子供の頃に唄ってもらった子守唄のような…

少しだけ痛みがやわらぎ、気持ちが楽になるのを感じた。

 

‥じっとピアノの音に耳を傾けながら、私は10年前のことを思い出していた…

10年前、私は東京で暮らしていた。3月11日、東日本大震災が起こった時も御茶ノ水の自宅にいて、食事をしていたと思う。突然の地震に、”一体何が起こったのか?”と動くこともできずにいると、その後も断続的に大きな揺れが続いた。ニュースを見ようとつけていたテレビの画面からは、津波、地震の被害、帰宅困難の人々があふれている様子、そしてその後起こった原発事故…と、現実とは思えない衝撃的な映像が流れてきた。

”どこに逃げたらいいの?”、”何を用意したらいいの?”

何かしなくてはと思うのだが、次々と起こる災害とは裏腹に、自分の体も心も固まって動けなくなり、

時間が止まってしまったかのように感じた。

 

それからしばらくの間は、被害状況を確認したり、家族や知人に連絡をしたり、避難に必要なものを揃えたりと、いつまた起こるかもしれない災害から身を守ることに精一杯で、正直音楽どころではなかった。

 

‥1~2ヶ月が過ぎた頃だったろうか、張りつめていた日常がひと段落した頃、ふとピアノの音が聴きたくなった。ピアノの音すらすっかり忘れていることにようやく気がついたという感じだった。

 

ピアノの前に座って…弾き始めた曲が、”無言歌”だった。

 

なぜ、無言歌だったのか、自分でもわからない。けれど、あの時、無言歌は、疲れて荒んでいた私の心を慰め、救ってくれた。無言歌を弾きながら、それまで固く閉ざされていた心が再び動き出すのを感じた。そして気がつくと涙が頰をつたっていたのだった。

 

あれから10年…

 

無言歌を聴く時はいつも、あの震災を思い、心の中でそっと祈りを捧げる。

 

https://www.youtube.com/watch?v=UrREdBRmz5s